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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)4046号 決定

申請人 駒沢尚久

被申請人 日本ゴム工業株式会社

主文

被申請人が昭和三十年五月十九日附をもつて申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申請の趣旨

主文第一項と同旨の裁判を求める。

第二当裁判所の判断の要旨

一、被申請人がゴム製品及びビニール製品製造等を目的とする株式会社で、東京都に本社を、足利市に足利工場を有すること、申請人が昭和二十六年一月被申請人会社に雇傭され、本社工場ロール場製練工として勤務していたところ昭和三十年五月十九日就業規則に基き懲戒解雇の意思表示を受けたことは当事者間に争いない。

二、申請人は、右解雇の意思表示は就業規則の適用を誤り、事実に反するか、正当の理由があるか、又は情状の軽い行為を懲戒事由とするもので無効であると主張するから、解雇の理由について検討する。

(1)  昭和二十九年十二月二十八日同僚を煽動し、職場離脱をしたという理由について。

疏明によれば申請人は、ゴム製品製造職場に勤務していたところ、昭和二十九年十二月二十八日ビニール職場に応援を求められ、ビニールレザー絞押作業に従事していたが、同日午後三時頃同僚の露崎及び山崎の両名と共に喫煙のためゴム職場の休憩所へ赴き、被申請人会社において職場慣行として許されていた数分間の喫煙時間を超過し、同所で約三十数分間休憩してその間、職場を離脱し、作業に支障を及ぼしたことが認められる。然しながら、申請人が露崎及び山崎の両名を煽動して職場離脱をなさしめたという点については疏明がない。

(2)  昭和二十九年九月七日職場を離脱して伊藤係長を脅迫し、同係長の作業を妨害し、且つ職場に混乱を生ぜしめたという理由について。

疏明によれば、申請人は、昭和二十九年九月七日臨時工渡辺伊三が雇傭期間満了により退職したことを聞知したので同日午後三時頃から午後四時頃まで、被申請人会社ゴム布係長伊藤悟に対し、本採用とされなかつた取扱について詰問し、その間無断で職場を離脱して作業に従事しなかつたことが認められる。然しながら、伊藤係長を脅迫し、職場に混乱を生ぜしめたという点については疏明がない。

(3)  就業時間中アカハタを職場内に配付し、職場内の静粛を害し、且つ一般職員の作業能率を低下せしめたという理由について。

疏明によれば、申請人は、昭和二十九年六月頃から昭和三十年四月頃までの間就業時間中に日本ゴム工業株式会社労働組合荏原支部執行委員及び職場委員にアカハタを配付したことが認められる、上司のアカハタ配付禁止命令に違背したという点及びアカハタの配付により職場の静粛を害し、一般従業員の作業能率を低下せしめたという点については疏明がない。

(4)  昭和三十年五月九日業務命令に違反して職場委員会に出席し、二十分以上職場を離脱したという理由について。

疏明によれば、申請人は、昭和三十年五月九日午前十二時十分頃前記労働組合荏原支部職場委員会に出席し、上司の許可なく作業開始時間の午後一時を過ぎても職場に復帰せず、午後一時十分頃大西班長から職場に復帰するよう命じられたにもかかわらず、これに従わず、午後一時二十分頃再度伊藤係長から命じられて職場に復帰したがその間約二十分間作業に従事しなかつたことが認められる。

以上の事実に反する疏明は採用しない。

(5)  その他の解雇理由について。

申請人が昭和二十九年以降昭和三十年五月十九日まで屡々故意に喫煙時間を引延し、職制から注意されたにもかかわらず改めなかつたという点、昭和三十年五月五日残業執務時間中、ゴム配合職場に工員数名を集めて昼通し作業(正午から午後一時まで一斉休憩を廃止し交替の上休憩して作業を継続すること)反対の演説をなし、これを煽動して会社の経営を阻害し、且つ無断で職場を離脱したという点及び同月十一日昼通し作業準備会において攪乱行為をしたという点については何れも疏明なく、申請人が昭和二十九年七月及び八月中ボイラー室において喫煙し、三十分乃至四十分間職場を離脱したという点及び昭和三十年一月中旬臨時工荒川勝美に対し、本工になることを強要し、頭脳障害を惹起せしめたという点に関しては、疏明によつてその事実が存在しなかつたと認めるのが相当であつて、これに反する疏明は採用しない。

三、以上認定した事実を被申請人会社の就業規則に照らせば、就業規則第六十一条第八号は、正当な理由なく職場を離脱し、作業を放棄し、又は暴行脅迫等によつて業務の運営を阻害し、若しくは他を煽動してこれらの行為を行い、又は行おうとしたときは、懲戒解雇に処する旨を定めており、前認定の(1)ないし(4)の行為は、職場離脱又は作業放棄(以下両者を単に職場離脱という。)と認められるものであり、且つ、申請人がこれらの行為に出たことに正当な理由があつたことについては疏明がないから、一応右懲戒解雇事由に該当するかの如く考えられる。

しかしながら、正当の理由のない職場離脱は、事の軽重を問わず、一切懲戒解雇事由に該当するかどうかについては、更に就業規則の懲戒に関する各規定を検討する必要がある。就業規則第五十九条は、懲戒の種類として譴責、減給、出勤停止及び懲戒解雇の四種を、第六十条は、譴責、減給及び出勤停止に該当する事由を、第六十一条は懲戒解雇に該当する事由を規定しているのであるが、同条但書は「但し情状により減給又は出勤停止に処することがある」旨を規定している。これによつて見れば、同条の趣旨は、同条各号に掲げる行為をすべて懲戒解雇をもつて律する趣旨ではなく、情状の如何によつてこれを段階的に把握し、情状最も重いものを懲戒解雇に、然らざるものを順次出勤停止又は減給の何れかに処する趣旨であると解される。すなわち、同条第八号に掲げる職場離脱とは、その時期、態様、原因、結果等から綜合的に判断して懲戒解雇に処することが社会通念上肯認される程度に重大且つ悪質な職場離脱を指称するものと解するのが相当である。例えば、企業秩序紊乱の意図を明瞭に推認せしめるような継続的且つ反覆的職場離脱又は一回的且つ短時間であつても、職場離脱によつて企業経営上重大な結果が発生することを予見しうる職種にある者が職場を離脱し、その結果重大な結果が発生した場合等が懲戒解雇に価するに反し、偶発的且つ短時間な職場離脱であつて、それにより企業経営上重大な障害の発生しない程度のものは、情状軽いものとして懲戒解雇に価しないものと解する。このことは、就業規則が労務提供の拒否たる点において職場離脱と本質を同じくする欠勤、遅刻、早退、外出を懲戒解雇事由とせず、特に第六十条第二号に正当な理由なく又は届出を怠り屡々これらの行為を行うことを譴責、減給又は出勤停止の事由として規定していることによつても窺われる。

四、叙上の見地から、申請人が前認定の(1)ないし(4)の行為に出た事情について検討する。

(1)の行為について

疏明によれば、被申請人会社荏原工場においては正午から午後一時までの休憩時間の外に作業の合間に午前午後各一回煙草一本の喫煙時間が与えられていて、その時間は当初煙草一本を喫うに要する五分位とせられていたが、次第にその時間が守られなくなり、昭和二十九年十二月津下工場長の着任当時には十数分に及んでいることが通例となつていたので、同工場長は着任後昭和三十年四月頃までの間に数回に亘つて、喫煙時間を午前午後各一回五分以内に厳守するよう指示したことが認められる。(この指示が昭和二十九年十二月二十八日以前に行われたことについては疏明がない。)従つて(1)の行為については、その行為当時喫煙時間を五分以内とすることが一般的に励行されていなかつたのであるから、このような職場規律の下においては、五分の喫煙時間を若干超過しても非難すべき職場離脱ということはできない。もつともそれが三十数分に及んだことは非難さるべき行動というの外はないけれども、その一事を以つて懲戒解雇に価する程重大な職場離脱と断定することはできない。

(2)の行為について

疏明によれば、渡辺伊三は、当初雇傭期間二カ月の約束で臨時工として雇傭され勤務成績によつては本採用になる旨告げられ、また伊藤係長からも一生懸命勤務すれば雇傭期間満了の際は本工として採用される旨内示されていたので、本工に採用される期待をもつて職務に精励していたところ、雇傭期間満了の日に意外にも同係長から突如本工として採用することができない旨告げられたので、当時前記労働組合荏原支部書記長であつた申請人に伊藤係長が前記のように前言を飜したことについて相談したこと、そこで申請人は、このような被申請人会社の臨時工取扱の態度に不審を抱き前認定のとおり伊藤係長に詰問したことが認められる。ところで、渡辺伊三が組合員であつた旨の疏明がないが臨時工の雇傭期間終了後の取扱について、申請人が労働組合の書記長として重大な関心を有したことは尤もなことであるし、又この問題について被申請人会社側の当面の責任者たる伊藤係長に前言を飜すに至つた経緯について説明を求めるため急を要し、当日就業時間中にしなければ、時機を失する虞があつたかも知れないという事情を併せ考えれば、多少感情に激した言辞を弄してもやむを得ないところであり、その交渉に一時間位費してもこれをもつて懲戒解雇に価する程悪質重大な職場離脱ということはできない。

(3)の行為について

疏明によれば申請人が執行委員又は職場委員等にアカハタを配付したのは、当時申請人が労働組合書記長であつた関係上、これらの者に急を要する組合関係書類を配付するついでになしたことが認められ、しかもそれが頻繁に行われたという疏明はない。してみれば本件は全く一時的且短時間の職場離脱に過ぎないものというべきであるから、これをもつて懲戒解雇に価する程重大な職場離脱ということはできない。

(4)の行為について

疏明によれば、申請人は、当時職場委員ではなかつたから、当然には職場委員会に出席する資格を有しなかつたのであるが、被申請人会社から提案された昼通し作業の問題は労働組合荏原支部にとつて重大問題であつたから、申請人は、当時労働組合中央執行委員としてこれに重大な関心を有し、自らの意見も開陳したいと考え、オブザーバーとして前認定のとおり休憩時間中たる午前十二時十分頃職場委員会に出席しそれに引続き職場を離脱したことが認められる。そして、前認定のとおり、申請人が上司の制止をきかず出席を続けたことは非難さるべきことであり、又本件行為が作業時間中の許可なき行為として正当な組合活動ということはできないとしても、それは短時間のことであり、このことにより企業経営上重大な障害を生ぜしめたことの疏明もないのであるから、情状酌量するのが相当であり、これをもつて懲戒解雇に価する程重大な職場離脱ということはできない。

以上認定のとおり(1)ないし(4)の各行為は、何れも懲戒解雇事由に該当する重大な職場離脱に当ると断定するのは相当でないが、これを綜合して判断しても、これらの行為は、何れも特殊な原因より生じたものであり、継続的反覆的になされたものと認めることも困難であるから、未だもつて就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するということはできない。そして使用者が就業規則に懲戒解雇事由を規定している場合は、使用者自ら解雇権を制限し、これに該当する事由がなければ懲戒解雇をなし得ないものと解するから、本件懲戒解雇の意思表示は無効であると断ぜざるを得ない。

五、本件解雇が無効であるのにかかわらず、これが有効として取り扱われ、申請人が被申請人会社より従業員たる地位を否定されることは、申請人にとつて著しい損害であること明らかである。よつて、この損害を避けるため、右解雇の意思表示が無効であることの確定するまで、右意思表示の停止を求める本件仮処分の申請は理由があるから、これを認容し、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 岩村弘雄 三好達)

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